美術館を展示する
和歌山県立近代美術館のサステイナビリティ

このウェブサイトは、2020年12月1日から12月20日まで、和歌山県立近代美術館で開催した「開館50周年記念 美術館を展示する 和歌山県立近代美術館のサステイナビリティ」展の記録です。会場で掲出したパネル類のテキストを、会場写真とともに紹介します。お使いのブラウザでレイアウトが崩れる場合は、PDF版をご覧ください。(PDF版 A4サイズ32ページ 9.6MB)

はじめに:
ミュージアムとサステイナビリティ

近年、「サステイナブル Sustainable」や「サステイナビリティ Sustainability」という言葉をよく耳にするようになりました。「持続可能(性)」と訳されるその言葉は、経済的な利潤追求のために地球環境や格差の問題を置き去りにしてきたという事実を反省し、これまでの社会のあり方を世界的に見直す必要性を訴えるものです。すでに1987年から使われていた言葉ですが、2015年に国連がSDGs(持続可能な開発目標 Sustainable Development Goals)を定めてから、より身近になりました。このなかには具体的に達成すべき目標が記されており、そのうちのいくつかは、ミュージアムとも直接関わりがあります。

 一方で、未来に向けて作品や資料を残すことが使命であるミュージアムは、それ自体がこの先もずっと続いていくこと、つまり「サステイナブル」であることを前提としています。しかし例えば自然災害によって、また世界に目を向ければ民族間の争いによっても、前提とすべきサステイナビリティは簡単に崩れかねません。また新型コロナウイルスは、世界中の人々の日々の生活と経済活動を危機に陥れ、ミュージアムの運営・経営にも課題を突きつけました。日常的に基本的な仕事を続けられるということの尊さを、昨今の状況を見れば思わずにはいられません。

 そうした今、社会のサステイナビリティにミュージアムはどう関わるのか、またミュージアムとミュージアムのある社会がどのようにして持続するのかを考えることが、未来のために必要となっています。この展覧会はそのためのヒントを、日本の公立美術館の中では比較的古く、すでに50年という時間を持続させてきた当館の活動に探そうとする試みです。まずは展覧会のはじまりに、美術館を含むミュージアムがどのような場所だと考えられているのか、日本と世界のかたちをご紹介しましょう。そして世界の中の、日本の中の、和歌山の中の美術館として当館の役割を考え、また社会全体との関係を探るきっかけを見出したいと思います。

美術館は博物館の一種です。日本では「博物館法」という法律があり、美術館や歴史博物館に加えて、植物園や動物園、水族館の活動を定めています。この法律は、「社会教育」、つまり学校以外の場所で、年齢にかかわらず、誰しもが学びの機会を得られるように制定されたものです。美術館を含めた博物館施設は、前提として教育の場であることは、広く知っていただきたい事実です。

 しかしここでの教育活動は、資料を集め、保存し、次の世代に引き継ぐという、博物館でなければできない仕事に基づいています。時代を超えて作品や資料を守り、広く社会で共有することが、博物館における学びの土台です。

 一方で、美術館や博物館は、英語では「ミュージアム」と呼ばれます。もともとはヨーロッパにおいて、王侯貴族らが珍しいものを集め、それらを時々に公開したことが始まりでした。しかし文化遺産という考え方が定着した現代においては、それらは社会の共有財産と位置付けられています。特に二度にわたる世界大戦によって文化遺産が破壊の脅威に晒された反省から、第二次大戦後すぐの1946年にはICOM(国際博物館会議)が、国をまたいだ文化遺産の保護と振興を目的に組織され、現在は世界138の国と地域から44,500人のミュージアム関係者が参加するNGO(国際的非政府組織)として、各国と連携しています。

 世界中にはさまざまな種類のミュージアムがあり、それぞれが人間の多様な文化や自然の価値を守るために日々、活動しています。美術館はそのなかのひとつであり、各地域の美術館として独自に存在すること自体が、多様な価値を守ることにつながっています。

 展示室の壁面には、上段に日本の博物館法を、下段にはICOMの規約における博物館/ミュージアムの定義を記しました。それらと、みなさんの美術館のイメージとを比べてみてください。

博物館法とICOM規約の抜粋を掲示した壁面の写真

博物館法より抜粋

「博物館」とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする

ICOM規約(2007)より抜粋

ミュージアムとは、社会とその発展に貢献するため、有形、無形の人類の遺産とその環境を、研究、教育、楽しみを目的として収集、保存、調査研究、普及、展示をおこなう公衆に開かれた非営利の常設機関である。

A museum is a non-profit, permanent institution in the service of society and its development, open to the public, which acquires, conserves, researches, communicates and exhibits the tangible and intangible heritage of humanity and its environment for the purposes of education, study and enjoyment.

人類は近代以降、それまでとは比べ物にならない速度で文明を発展させてきました。電車、車、飛行機などの移動手段を持ち、最近では通信手段も発達して、世界中の人々が交流することができるようになりました。しかし発展にばかり目を向け、自然環境やエネルギーの問題を置き去りにしてきたことが、それらを原因とする急速な気候変動などによって明らかになってきました。加えて、地域や人種間の格差もまた、発展の影に隠れがちな問題です。

 世界中の国や行政組織は、こうした問題に積極的に取り組む責任があります。そうでなければ、きっと未来の人類は今と同じ生活を送ることができなくなるでしょう。けれども私たち一人ひとりがこうした問題に対して「自分には関係がない」と目を逸らさず、課題を理解し、意識を高めていくことが最も大切です。

 SDGsには、17の大きな目標があり、具体的なターゲットとして169項目が挙げられています。美術館はこれらのうち、「4 教育」に最も強く関わっていますが、貧困から抜け出す最大の手段が教育であるならば、「1 貧困撲滅」の目標にもつながります。たくさんのエネルギーを用いて建物を維持管理することを思えば、「7 クリーンエネルギー」や「13 気候変動」にも責任があります。そして過去、現在を通じて未来へと人間の文化と記憶をつないでいく公共的な存在としての役割には、「16 平和と公正」の目標が条件として達成されることが必要です。

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